大分県詩人協会 会報の作品を紹介します No.168 (2024.3.15発行)


最期の花火            

木村 みえ

 

最上階で

ラプンチェルの塔のごとく

下界を知らずに

甘い汁を吸って生きてきた

華なんだから

毎日歌って暮らしていれば

いいんだと

 

頭上で舞う蝶たちの語りなど

同類で退屈なだけ

果敢に塔へ這い上がって来る虫たちが

唯一 外の刺激を届けてくれた

下にいる者たちは

上へ上へと恋焦がれるものなのか

上から眺める暮らしはこれからも

続くものだと思っていたけど

 

その日は 突然に来た

漆黒の大地に 散った紅い花びら

最期の花火

裂けたドレスの肉片は

風にやさしく弔われる

 

物語は終わらせてくれない

朽ちても核は死ねないのね

今世は暗い地下の根茎として

生きるため 上に養分を与えるため

鼻をつまみながら亡骸へ手を伸ばす

毎日 土と死臭にまみれて

いつかまた 上へ

生まれ変われる日は 来るのかしら

 

 

霜の世界

 

畑本 信行

 

 

底霧 底霧 霜 霜

みんな重たく落ちている

冬は時の流れまで止めてしまうのか

そうなんだよ

庭の草が 立ったまんまで

霜に覆われているんだよ

生きたままの姿で そのまんまで

霜の色になっているんだよ

 

空気の流れが固まっても

時間は刻一刻と進むはずなのに

車が通れば 人が通れば

音は冴え渡るはずなのに

底霧の世界は 霜の世界は

流れをゼロにしてしまう

そんな力があるらしい

そんな所とは遠い空で

太陽は刻一刻と上り

流れの凍った世界を温めようとする

 

私は 生きている 霜の世界を

ゼロになった流れに抗うように

震えながら歩を進める

私は 生きている

生きたままで凍って固まった草も

 

また 生を始めるだろう

潜 伏

芳賀 信幸

 

「最期は本名で迎えたい」と言って

私と同い年の

余命いくばくもない逃亡犯は

行き倒れて病院に担ぎ込まれた

私が二十一か二の時

連続企業爆破事件が起きて

あの頃を記憶する

私の写真が一枚も残っていない

写されることを極端に拒否していた

偽名は使っていなかったが

故郷から遠い古い町で

学生に紛れてバイトを転々としながら

誰にも知られずに

その日暮らしをしていた

夜が白々しくなるまで本を読み

薄暗いジャズ喫茶に入り浸り

周りには同類の匂いを持つ人物がいて

次第に知り合いができ

仕事も定着して

二十五の時

ようやく親に居所を知らせた

それから四十五年

私は何をして

何をしてこなかったのだろうか

いつも逡巡して

新聞に載った

指名手配の写真とは別人の

家族を持たずに老いたその男と

どこが違うのだろうか

「最期は本名を棄却して迎えたい」

潜伏していたあの頃のように

 

 


竜の様に

木村 永遠

 

竜は

天高く羽ばたく

暴風雨の時も豪雪の時も

雷鳴が空をつんざく様な時でさえも

竜は

地面に這いつくばってでも進む

地震の時も地鳴りを伴って

地球をつんざく様な時でさえも

臥竜梅は

横に臥して地面すれすれに伸びて

綺麗な花を咲かせる

生き様が逞しく美しい竜の

化身だろうか

臥竜梅は

子株を作り子株から孫株を作る

逞しく美しい竜は

子孫繁栄の

守り神にも思える

 

今年は竜の様に

心が項垂れている

時でさえも

天高く羽ばたこう

今年は竜の様に

地面に這いつくばってでも

地球に這いつくばってでも

前に進もう

 

今年を象徴する漢字は

飛翔の「翔」になって

ほしいとも思っている

 

 

 

 

 

 

 早春

      羽田 洋子

 

義母の介護が

持病の悪化に

両手では抱えきれない災難に

 「産むな!」

 「あなたはバカじゃないの!」

 「常識のない人だ!」

聞きたくない言葉の数々に

どうしょう

耳が聞こえなくなった

でも産む 産みたい 

 

あれから幾星霜

笑い話に

迷彩服を着て

君は道を修復する

 

 「税金泥棒」と

言葉をあびるけれど

「すいません」と

君はひとこと言うらしい

炊き出し

風呂の準備にと

君の姿が

父に母に早春の光のように眩しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一枚の葉書  

幸 あゆみ

 

父宛てに葉書が来た

七十九回目にあたる祥月命日だそう

父の代わりに行こうと

父は祖父の顔を知らない

まだヨチヨチ歩きだったと

 

祖母は言った

祖父が命を落とす前

夢枕に立ち続け

何度も子を頼むと

 

戦争とは争いとは

生きる者の中に傷を残し続ける

人が犯す過ちなのだと

繰り返してはいけない

 

会って見たかった

呼んでみたかった

爺ちゃん と

ただそれだけの幸せさえも

奪われ続けている今もなお

 

父の悲しみは

葉書一枚で済まされてしまうのかと

爺ちゃんは

そんな一枚の葉書で

済むような命では無いんだと

 

爺ちゃんの足跡を

見つめ続ける為に行こうと

 

祖母から聞いた事がある

祖父は几帳面な人だったと

父はそっくりだ

自分もだ。

どうしよう涙が止まらない

十二月十一日天気予報は雨だった

 

 

 

 

 

 


別れの声

 

工藤 和信

 

 

なつき始めた野良犬がいた

何の変哲もない冬の朝

つれあいがゴミ出しに出たまま

いくら待っても帰ってこない

様子を見に行った

 

そこに、

県道の端に、

つれあいの足元に、

野良が横たわっていた

眠り込んでいるようないないような

出血はしていない

 

一瞬で目覚めた

――人になつき油断したのか

――優しくしたのがいけなかったか

――安寧は許されなかったのか

悔しさで通り過ぎる車に苛立つ

 

野良を連れて帰ろうとして持ち上げた

その時、

クオーと、

ひと声、

吐き捨てられた

この世への最後のひと声

別れの声、なのか

朝の冷気が引き裂かれた

 

冬のいちにち

普通のいちにち

 

命のいちにち、が過ぎていく

spring

      上野 眞知子

 

蒼白い顔をした少年は

照れているのか

気付かれないように

マスクの下の笑いを怺える

 

また忘れたことを

何とかなるさと慰められて

番号札を受け取る

腰掛けると貧乏揺りを始めた

白いセーターの女が横切る

 

球春朔日の如月

野球シーズンの始まり

媼は自転車を押して

横断歩道を渡る

前と後に荷物を積んで

 

信号は青に変わり

車は一斉に動き出す

男も荷物を背負い歩き始めた

公園の芥箱に棄てられた

地図を眺めながら

 

しとしとと

雨は大地に吸い込まれて

道端の樹の下の草叢

いのちが息を吹き返す

生きものたちは太陽光を求め

 

まだ途次

ダンデライオンは遠くへ飛ぶ

きっとあるはず両手を広げて

 

 

着地する

氷 柱

 

粟津 功子

 

 

子どものころに友の家があり

このくえ谷の岩肌は氷に覆われ

岩の上から清水が流れ

いくつもの氷柱が下がり剣のように

いつかポキンと折ってみたいと

あまりにも神秘的で見るだけ

 

 ある晩

見にこい 見にこい 見にこいと

 声のして

ツララがポキンポキンと折れ

いつか見た天満宮の剣の舞のように

ツララが舞うのです

カチンカチンカチンと音の

キラキラとツララの剣が光ります

 

両方の谷に囲まれ棚田が上まで

向こうには山々なぜ くえ谷の名の

 解らずに

 

あれから半世紀以上経ち

友の家は とうの昔にありません

くえ谷の入口は両方から竹藪に覆われ

 谷は閉じられたのか中は見えず

 

  くえ谷がようやく解った気のして


迷い薔薇

 

千葉 楓子

 

 

黄泉比良坂 地返之大神に嘆く

何処へも行けず 何者とも在れぬ

千五百の一人であるのに還れもせぬ

彼岸の舟よりはぐれて此処に在り

無数の御霊はとうに辿り着いた頃

愛しき彼の人も今や遠き安楽の果て

(どうか どうか お導きを)

最早中つ国の地を踏む事もかなわず

温かな生命もとうに消え失せていて

(分からないのです 己の姿が)

(人であった頃が幻夢のような)

(人であった頃は夢幻を見ていたか)

(真 わたくしは何でも無かったか)

(それがとんでもなく 恐ろしくて)

天照らす大神の下で 健やかに生き

月読む命の神の下で 安らかに眠り

そうして紡いだ全てが幻であるなら

戦の大火に絶えた世が幻であるなら

わたくしはきっと 何でも無かった

(それは なんと なんと恐ろしい)

高天原のおわす方々はご存知なのか

天上の高みに座して眺めておられる

恐れも迷いも 生と死 輪廻ですら

(それは なんと なんと恐ろしい)

(小さな生命は ただ震えるばかり)

(小さな生命は ただ涙するばかり)

(巨きなもの 全てを分かる事無く)

 

黄泉比良坂 地返之大神の傍ら

真紅の麗しき花は千年の時を咲く

 

嘆く彼女が己の姿を悟るのは あと

冬の干潟で

    石﨑真由美

 

冬のある日

朝になるのかならないのか

夜が去っていかないから

いつものように歩き出した

鬱蒼と枯れ果てた

草むらを分け入った

そこは

いちめんまだらな墨色の 

海と地のむつみ合うところ

干潟と呼ばれる一帯

向こうには人工島が見える

 

黒い小石か何かが

散らばった辺り

ふと

ふっと

動き出したものがある

でっぷりと重そうな腹に

不釣り合いな細い二本足

びちょびちょの足もとを

ヨタヨタ歩き、止まり

またヨタヨタ歩き、止まり

 

そうか

遥か遠い北の地から

君たちの旅はここが途中

疲れた羽を休めて

朝の腹ごしらえか

食べるには

歩くしかないか

 

飛ぶのが本分の

君たちの歩きは

なんだかぎこちない

かっこ悪いね

なのに

そんなにも

愛らしいんだね